2011年・被災地

何もしなくていい
土曜日がやって来た。
職場が変わり、土日祝と
盆休みと年末年始に
何とした事か有休を
充てなくてはならない
職場から離れたので
あった。


先日までの旅の記録をまとめようと思っていたけれども
昼過ぎまで眠ってしまった。新しい職場は以前ほど気合いを
入れなくてもよさそうな感じではあるものの、しかしやはり
助走期間とはいえ気合いを無意識に入れていたのかもしれない。
少し疲れた。でも、僕はこのひと月ほどの怒涛の様な日々を
それでも有意義に過ごせていたのかもしれないなと思ったり
したのだった。僕はまだ生きているのだ。


テレビをつけると東日本大震災から丸6年との報道がされて
いる。当時の僕はケアマネであり、色々あってまたケアマネを
する事となったような変わりばえのなさだが、生まれた子供が
小学校に入学するような時間が経っているのだなと改めて
思ったのだった。僕はまだ生きているのだ。


しあわせになりたいと願っている。おひとりさまのままでは
あるが、何となく恋をしたし叶ったり叶わなかったりしつつ
職場も何度か変わりつつそれでも就きたかった職にも一応
就けてやってみたかった事も多少はできた。僕はまだ生きて
いるのだ。


それもこれも生きているからだ。この野郎殺してやりたいと
心の奥底で思ってみても、何とかしてこの人を生かして
あげたいと仕事上の支援者として奮闘していたりしても
それもこれも僕はまだ生きているからなのだ。生きている事は
素晴らしい。しんどくても面白くなくてもばかばかしくても
それでも素晴らしい。死んでしまえばもうそれは叶わないの
だから。天国も地獄もきっとない。神様なんて信じていない。
人は死んでしまえばそのまま何もかもなくなる。だからこそ
生きているうちに何かをしておきたいと思ったりする。
でも、生きたいのに突然命を奪われた人々はもうそれすら
叶わない。


6年前にこの写真を撮影し、僕に現実を見ろと送ってくれた
「知床レイド」氏は当時何を感じたのだろうか。
確か当時、ケアマネとして出来る事があるのではないかとか
何とかいうコメントを頂いたように覚えている。お元気ですか?
僕はまだだらしなくも生きていて、また職場も変わって
ぐだぐだになりつつも、それでも僕はまだ生きています。
仕事柄なのか、死に行くひとに色々な形で関わったし、
恐らくこれからもそうなのだろう。僕が生きているうちに
あと何度そういう事に出くわすのだろうか。でも、6年前の
この出来事はあまりにも不必要に人を殺し過ぎている。
何故なのだ。神様なんていないのだ。いたとしたら神様は
クズ同然でしかない。ごめん少し酔ってます。
明日こそは旅の記録を綴りましょうか。明日もいい日に
してみせますよ。ではまたね。