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TOPの写真は2011年
3月11日14時21分に
撮影した梅だか桃だか。
当時居宅ケアマネだった
僕が移動中に見つけて
撮ったもの。この25分後に
東北で大震災が起こった。
明日であれから5年なのか。この5年で僕の暮らしで変化したといえば
職場が変わった事位だろうか。僕は相変わらずひとりもんで歳の割りには
ぼんやりしていてみっともなくてだらしない。周りの人々が誰しも彼しも
自分よりもしっかりしているように見えてしまう。落ち着きなんてまるで
ない男だ。でも、そんな奴でもどうにか生きている。まだ生きている。
時々、生きている事なんてつまらないのでもう適当に終わらせたくなる
事がある。実際には臆病者なので事には及ばないが、気持ちがそうなる。
でもそれは僕が落ち込んでいるから思える事であり、時間が経ったり気持ちが
上向きの時はそんな風には思わない。昨夜の日記の内容みたいにちいさな
しあわせを感じたりする事もある。そしてそんな奴がお歳を召した方々を
制度の上から支援する仕事なんかに就いている。皮肉だなと思ったり、
そんな奴だからこそ出来る支援があるのではと思ったり、日々気持ちが
ころころと変わる。まだ、生きている。
しあわせとは何だろう、とか、俺ってこの世界に要らないよな、とか、
それは僕が今生きているから感じ、思える事。この世にいない人には
もうそんな事すら出来ない。あれもしたかった、これもしたかった、
でも、もう出来ない。「時々、生きている事なんてつまらないのでもう適当に
終わらせたくなる」という感情がどれだけあつかましくて贅沢で無様なのか。
まだ、生きているのに。
生きている人は、生き残った人は、何をしたらいいのだろうね。
おそらくはただ生き続けるしかないのだな。襲ってくる感情の波と
うんざりしてもつきあいながら。生きている事は、贅沢な苦痛だ。
寝ます。明日もいい日にしてみせますよ。ではまたね。