秋空

本日は地域医療に
関する研修に参加。
午後はこれで時間が
全て潰れてしまった。


前半は医師等による
講演会。しかし後半は
グループワークが待っていた。またも緊張してまうシチュエーション
ではないか。僕が加わったグループは役所の職員やケアマネ、
医療関係者などで構成その中に包括職員としての意見等を出さなく
てはならないものだった。何度もこのカテゴリで書いている通りで
僕はそういう事は案外苦手ではなく、むしろ積極的に発言する方
だったのだが、7月に発作を起こしてからはこういうシチュエーションに
恐怖すら憶えるようになっていた。開始数分間は心臓が高鳴っていた
のは此処だけの秘密であるのであるのである。ああやだやだ。


でも始まってみたら自分でも不思議な位発言し、グループワークの
発表係もさせて貰えた。いけるじゃん、俺。他地域包括の方々や
役所の知った顔の方々、お医者さんなどなどにいやあどうもと
挨拶したり軽い雑談などしていい感じで会場を後にした。
ほっとした。空に向かって深呼吸ひとつ。


帰りしな、コンビニに立ち寄りカップのブラックコーヒーを買って
ひと息。秋空の下、孤独な男はしかし不思議と嬉しかったのです。
当たり前のように出来ていた事がある日突然出来なくなり、苦しく
なった。自信を失い自分の存在意義すら疑った。大病ではないが
それでも僕程度の弱い人間だと出来なくなった事の大きさは
非情なまでに迫っていたのだった。こんな気持ち誰にも理解して
貰えないだろうしそれが当然だが、でも自分できちんと理解して
受け入れていけばそれでいい。大きなものは要らない。ちょっとした
仕合わせを積み重ねてまた明日が来てくれたらそれだけでいいんだ。
そして、もしかしたらもう少しこの人生の中で積み重ねていける
何かがあるのではないかと、ふと。孤独だと思っていたが、
孤独は悪でも何でもなく、人として生まれたからには必ず
持ち合わせたものなのかもしれない。それに気付くか気付かないか
だけの違いである。


過剰な期待をせず、そして落ち込む必要もなくでいいのでは
ないか。それが平成27年9月26日現在の僕の心境であるが、
人の心はどんどん変わるので僕はまた寂しくなり、気を
張れなくなって悩むのかもしれない。取り敢えず僕は人間だと、
不安定な人間だと再認識したのだった。いいじゃんそれで。
無駄に書いたのでもうアホ臭くなりました。明日はお休み
なのでもうとっとと寝ます。明日もいい日にしてみせますよ。
ではまたね。