少しだけ柔らかい風

僕は人付き合いが
よくない。それは
この日記でも何度も
書いて来た。おまけに
偏屈な所がある。


いやな年寄りになる
自信だけはある。
マトモな大人である自信はまるでない。


しかしそんな奴が人に直截関わる仕事に、たまたま何の気なしでは
あったが飛び込んでしまい、気がつくと8年以上の歳月が流れていた。
自立支援法以前の障害者のケアに関わった事を皮切りに、在宅介護の
現場に(初期はそれこそ軽い気持ちで)関わって来た。でも様々な
問題を抱えた方々や、その方々のご家族、関係者等と関わるうちに
ケアの方法に対する疑問や制度の矛盾を少しずつ感じるようになって
行った。しかしケアの現場にいては、そう感じた所で何も出来ない。
知識も無かったから、まあこんなものなのかとしか思わなかった。


居宅のケアマネとしてはまだまだ2年半。でも様々な案件に関わらせて
頂いている。地域で暮らしている千差万別の人生のカタチに。
人付き合いが苦手なこんな奴に、相談援助業務なんて勤まるのかと
多大な不安を抱いてはいたが、やらなければ仕事にならない。
不安を抱いているヒマがあったら飛び込んで行くしかない。そう
思って仕事をし、人々と関わっている。


とあるご家族からかなり深刻な相談を受けた。そのご家族の歴史や
生き様や、その他経済的な問題や介護者としての存在意義の苦悩など、
相談をお受けして退室するまで3時間。僕はへとへとになったが、
そのご家族にしてみれば僕の何十倍ものへとへとをこれでもかと
味わって来られたのだ。そう考えれば何ら大した事もなかった。
むしろこんなクソケアマネによくぞ話してくださったと感謝すら
覚えた。


話す事で、伝える事で、ただそれだけで精神的に少しだけでも救われる
事がある。それを受け止める事も僕等の仕事である筈だ。あなたを
信用しているからこそ、こんな誰にも話せない苦悩を打ち明けられるのだと
思って頂けているとしたら、ケアマネとしてこんなに嬉しい事はなく、
そして気が引き締まり、責任を感じる事も他にない。


しかし一方では介護保険を介した関わり方を主とするケアマネ業務の
限界を突きつけられたような気もしている。もっと、そんな法律の
縛りを超越した支援の方法はないものか。知識も経験も足りない。
もっともっと知りたい、感じたい、受け止めたい、動きたい。
でも、どうすればいいのだろう。


僕に出来る事は、ただ話を聞くと云う事だけ。何かが出来ると思って
いた筈なのに、只聞くだけ。こんなものなのか。どうしたらいいんだ?
寝ます。明日もいい日にしてみせますよ。ではまたね。