子供がお父さんと一緒にボールを蹴っている。僕の住む町はとても静かで、
ボールを蹴るその音は乾いた空気の中で周囲の団地に反響するかのように
際立っている。空は濁っているが、やがて青空が覗き、広がりゆくだろう。


近所にグループホームがある。そこの若いスタッフが、認知症
患っているお年寄りと共に散歩をしている。お年寄りは空を仰ぎ、
「なあ、青いなあ、広いなあ」若者はつられて空を仰いで、少し
疲れた表情に、しかし笑顔を静かに浮かべている。


おっさんがタバコをふかしながら、近所の酒屋の自販機で買った
発泡酒を呑んでいる。左手から伸びた紐の先にはトイプードル。
僕はそのプードルがびっこを曳いている事を以前から知っている。


僕のオートバイは旧式ながら750ccの排気量があり、遠くへと行く事を
前提に設計されているらしい。僕は東北へ行く事を日がな一日夢想しながら、
行った所で何が出来るのかも知らない。だから夢想するしか出来ぬのか。
しかし夢想は突き動かす。


駅前のスーパーで淡々とレジを打つ女の子とおばさん。一日中
同じ作業を頑張って続けている。僕が買ったのは冷凍食品と
ガムと安い焼酎。


夜は長く、朝は恐ろしく、昼はかなしい。


普通に生きている。仕事が好き、旅が好き、楽器を弾いたり
オートバイに乗ったりするのが好き。積み重ねて来て、どうにか
今こうして安定らしきものの中で普通に生きている。
でもそいつは極めて脆弱な地盤の上で成り立つ脆弱なしあわせ。
しあわせなんて脆弱なものか。でもだからこそかけがえの無きもの。
平和は、断片でしか語れない。ボールを蹴るように、空を仰ぐように、
タバコをふかすように、東北へ行く事を夢想するように、ガムを
噛むように。


追悼を。何時しかごく普通に生きていけますように。
ごく普通さの奇跡的なしあわせの為に。


明日もいい日にしてみせますよ。ではまたね。