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僕が帰路、地元のフェリー
乗り場のそばを通った
そのほぼ同時刻。
逃げていた男が、その
フェリー乗り場にて
確保された。
男は僕が今夕通り過ぎた
釜ヶ崎にも以前来ていた。
2年数ケ月前、その男が逃げ始めた頃、僕は飛田新地に住む利用者さんから
こんな話を聞かされた。その頃書いた当日記によると・・・
「2007-04-27 うたた寝しちまった」
「なあ、あのイギリス人の英語講師殺した男、ドヤ街に潜伏してないか?
最近そんな噂聞くぞ。警官達がさあ、ウロウロしてんだよ、ここんとこ」
時期はずれるが、来ていたのは確かなようだ。そこで土方仕事か何かを
見つけたか。大罪を犯し、逃亡者として過ごした日々は、如何なるもの
だったのだろうか。悪い事は出来ない。そして許されない。逃亡者と
しての日々など、いずれ終わる。
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12年前の丁度今頃、1997年11月。僕はその頃日本一周の旅の途中で、沖縄に
やって来ていたんだ。鹿児島から沖縄本島、そして石垣島、波照間島・・・
都合ひと月をフェリーを乗り継いで、それらで過ごしていたんだ。
沖縄本島にいた頃かな? 僕はある男を探してみたいと思った。フェリー
ターミナルに指名手配書が貼り付けられていた。その数年前から世間を
騒がせていた某宗教団体所属者崩れに酷似した男が、沖縄本島の南風原
(はえばる)と云う町のバス停でバスから降りたとの目撃情報だった。
その時点で目撃情報は、つい数日前の事だったと記憶している。
この島の何処かに、まだ潜んでいるのだろうか・・・・・・
当然ながら(?)見つからなかった。
そして、そこから12年の月日が流れている。その男も顔を変え、名前を変え、
社会の何処か解らない所に、今も潜み続けているのだろうか。それとも・・・
いやまてよ、その後石垣島か何処かで捕まったんだっけか? どうだったかな、
昔の事だ、もう忘れちまったな。筆まめだったこの僕の当時の日記にも、何故か
その件は書かれていなかったし。
僕の地元のターミナルで捕えられた男の報を聞き、僕は唐突に沖縄で過ごした
旅の日々を思い返す事となった。オウムなる某宗教団体(おいおい某じゃねえ
じゃん・・・)の男の情報は沖縄で知ったし、今回捕まった男もまた、本日
夜の直行便にて沖縄へと向かおうとしていたからだろうか。
男の沖縄行きは遂に叶わず、東京へ運ばれている途中だとの事。
さて、1000万円の報奨金の行方は?(野暮ですな、すんません)。
明日もいい日にしてみせますよ。何だか後味悪いよね・・・