2003年・旧東海道徒歩旅



2003年11月16日(日)晴。
旧東海道徒歩旅、その
5日目。


この前日、箱根越えを
無事果たした僕は
三島市のビジネス
旅館に投宿していた。



江戸時代の旅人達は過酷な箱根越えの反動から気が緩み、
遊興の女達と享楽的な夜を過ごしたとかナントカ。


元気だねぇ。僕なんかもうへろんへろんでバタンQでしたがな。
発泡酒500mlと焼酎ワンカップ2本のみで、めろんめろん・・・
しかし野宿では無く布団で眠れて嬉しいな。良く眠れました。


6時起床。何とも暖かい朝だ。テレビの気象予報では静岡地方は
最高気温が25℃になるとあった。菓子パン2ヶで朝食。8:20出発。


三島の市街地を除々に離れるルートを進む。暖かくてジャケットが
要らない。何だか気持ちが悪い。静かな旧街道を静かに歩く。
右膝の痛みは変わらずだ。やはり箱根越えが堪えたか。ペースを落とす。


旧三島宿を西に下ると道路を挟んで向き合う玉井寺と宝池寺に
それぞれ残る一里塚跡が目に入る。東海道の旅では、この一里塚を
何度も目にした。往時を偲ぶ。江戸時代の旅人様、いますよ、21世紀に
なってもこうして東海道を旅しちゃってる酔狂な変人が。へへへへい。


平家追討の兵を挙げた源頼朝が、奥州から駆けつけた義経と初めて
会ったという長沢八幡宮などを見ながら旧街道は狩野川に沿うように
なるが、第12番目の宿「沼津宿」に入る手前でミスコース。昔の
宿場があった辺りからかなり逸れてしまう。沼津市の中心部を少し
外れた辺りになるのであろうが、やけに閑散としている。店も閉まって
いる所が多い。そうか、日曜日はお休みなのだ。大阪に住んでいると
解らないが、地方の町では今でもこうなのだ。妙に新鮮。


旧街道から完全にずれたので、若山牧水ゆかりの海岸にある
千本松原を訪れる。遮るもの無き駿河湾から吹き付ける猛烈な風!!
すぐに退散。TOPの写真はその際に撮影したもの。田子の浦を遠望です。


海を離れ、どうにか旧街道と合流、旧R1がそれに当たるようだ。
以下の様な風景が延々10kmは続いたかな? ひどく退屈だった。
行けども行けどもこんな感じで変わらないのだもの。



道路沿いに旅人向け(?)の休憩ベンチが。利用させて頂きました。



ちょいと一服ラークワン。軽っ!! 僕が吸った最後のタバコは
同じく1mgのウインストン・ワンだったっけ。止めてもう4年か。
もう2度と吸う気無い。胃炎で止めたのだったと思う。


因みに「原宿」。東海道五十三次では最も規模が小さかったとの事。
本陣ひとつ、脇本陣無し、旅籠25。うむ、これは小さいぞ。


さて、この単調な移動の中、昼下がりから右手に富士山が見える様になる。
嬉しいな。東海道の旅と云えば、やはり富士山だ。大阪在住の僕としては
なかなかお目にかかれないものだから。


続く「吉原宿」へと至るのであるが、新幹線のガードを潜ると富士山が
左に見える場所がある。東から西に向かうと、基本的に富士山は常に
右手に見える筈なのであるが、神奈川県の茅ケ崎と、此処吉原での
僅か2箇所だけは、地形の関係上左手に見る事が出来るのだ。


そしてまたまたミスコース(こんなんばっかだね)。何時の間にか
完全に迷子ちゃん。手持ちのガイドブックはアテにならず、適当に進む。
「吉原宿」を過ぎる頃には日も暮れ、だんだんと余裕も無くなってしまう。
勘を頼りにどうにかこうにか旧街道に復帰する。流石は僕だ。いやいや、
その前に道に迷うっつうのはどうかと・・・方向音痴も甚だしいぞ。


この日の日記はJR身延線、柚の木駅近くのコンビニ、ミニストップ
店内にて書いている。嬉しい事に、ミニストップ店内には椅子と
テーブルが設置されていたのだ。カップ麺など食しつつ書くのであった。
その後、1km程更に歩き、富士川の広い河川敷の某所にビバーク
相成る。雨ざらしだが、明日も雨の心配は無さそうだから由としたい。


駿河路をゆく。西へ、西へと。すれ違った人や風景を大切な想い出に
する為に。西へ、西へと。

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うわあ、週始めから飛ばしておりますな。無駄に書けた。
でも、過去の日記からの転載と補足だけだから結構一気に書けるもの
なのですぜ。でも何だろうか、こうして書いているとまだまだ
記憶に新しい(それでももう5年近く経ったのだが)旅だったせいか、
当時の事がものの見事リアルに思い出せちまいます。つくづく
日記を書いておいて良かったと。追体験が出来るのですよ、凄く。
いやいや、もっと前に経験した旅での日記を読んでもまだ出来るけど・・・
これからも、旅の記録をきまぐれに載せようかと思っておるので御座います。

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今週も始まりました。今日は七夕でしたかいな。西成の商店街では
七夕飾りがそこかしこに。子供達のお願い事が書かれた短冊がいっぱい。


何時の日か、西成での日々を追体験したいと思うようになるのであろうか?
大学ノートにペンで書き連ねた、旅をした日々の日記とはかけ離れた
このウェブログなる仕掛けにて作成した今の僕の日々の日記を読み
返して。これからどうなるんだろうね。変化多過ぎだよ僕の人生。


寝ます。ま、あんまり深く考えないこった。考えようが考えまいが
明日と云う日はやって来る。どうせなるようにしかならんのだ。


明日もいい日にしてみせますよ。おやすみなさいませ。