投票に行きました


地元の小学校。


府・市議会選挙の
投票に行って参りました。









♪幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました
 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました

 
 幾時代かがありまして 今夜此処での一と殷盛り
 今夜此処での一と殷盛り

 
 サーカス小屋は高い梁 そこに一つのブランコだ
 見えるともないブランコだ

 
 頭倒さに手を垂れて 汚れ木綿の屋根のもと
 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 
 それの近くの白い灯が 安値いリボンと息を吐き

 
 観客様はみな鰯 咽喉が鳴ります牡蠣殻と

 
 ゆやーん ゆよーん ゆやゆよん・・・♪

「サーカス」詩:中原中也 曲:友川かずき


昨夜録画しておいた「BSフォークの達人」を観る。そして、久々にこのCDを聴く。
中原中也の詩集も、久々に開いてみた。今年、生誕100年との事。
まあ、どうでもいいが。そんなの関係無く、以前からずっと中也の詩を
目にして来たし、これからも事有る毎に。僕は何故、中也に惹かれるのか。


アレンジを担当した J.A.シーザーの、若き日の写真を見た事がある。
美しい長い黒髪が印象的な、かっこ良さそうな人物だった。
今はどうなっているのかなんて、知らないが。アレンジは
極めて大仰だ。しかし彼がそもそも舞台音楽を担当していた
人だと知れば、何となく納得出来る。舞台では派手にやんなくちゃね。


早川義夫の書いた文の中に、新宿の風月堂という喫茶店が出てくる。
シーザーは、その店の奥の奥に、様々な芸術家らしき人々と共に
屯していたらしい(違ったっけ、まあいいや)。早川さんは、
とてもじゃないが近づけなかった、と。それくらい特別で、
一種独特な雰囲気を醸し出していた人らしい。



友川かずき(現 カズキ)の本名は及位典司というらしい。
「のぞきてんじ」と読む。彼は、この本名がコンプレックスに
なっていたとか、いないとか。


岡林信康の「チューリップのアップリケ」を聴いて、
自分でも歌を書いて良いのだと思い立ったそうだ。
70年代当時、飯場を転々としていたとの事。
宇崎竜童の尽力によってデヴューしたというから意外だ。


何時まで経ってもギターが上手くならない。チューニングさえも
おぼつかない。と、事有る毎に口にする。謙遜じゃあないの?と
思っていたが、どうやら本当らしい。・・・素敵だぜ・・・・
メインギターはヤマハかしら? よく弦を切るらしい。若い頃は
すぐにギターのボディに穴を開けてしまう位、激しい弾き方を
していたそうな。「生きてるって言ってみろ」や「おじっちゃ」
という歌に於けるギターの弾き方を(ライヴ版で)聴くと、それは
さもありなんかなと。凄絶である。命を、削っている。本物だ。
「オマエにこれが出来るか?」と、迫って来る。迫られたら、
もう逃げ場は無い。だから僕はあやまる。御免して、堪忍して・・・と。
「オマエは、生半可だよ」と言われた気がした。  堪忍して・・・


ちくしょう、僕は生半可な甘ったれな、自意識過剰な、ばかやろうだ。
少しばかりは動いてみせなよ。酔った勢いでしか、別れちまえと
言えないのかい。


♪ポトポトと野の中に 伽藍は紅く
 荷馬車の車輪 油を失ひ
 私が歴史的現在に物を云へば
 嘲る嘲る 空と山とが・・・♪

「春の日の夕暮」より




さて、アタマを冷やしましょうか。冷静になりゃなあいかん。
所詮僕は小心者。破天荒とは程遠い。身の丈で生きろ。
屈折してはいるけれど、どうにか世間体とやらを懐中してますからに。


でも、何時かどっかで、壊してやる。


だかーらやめなさいって!
寝るぞ。明日は普通に振舞いなさいよ、くれぐれも。
明日もいい日にしてみせますよ。んじゃ。