見舞い

警察病院

土曜日は15時には仕事が終わる。西成のある
スーパーで、お惣菜やら漬け物やら大根やら
買い込んで、帰宅・・・いやいや、忘れていた、
母の見舞いに行くのだった。事業所の休憩室にある
冷蔵庫に買ったものを放り込んで、自転車もそのまま
借りて出掛ける事にする。


母の入院している病院は天王寺区にある。西成から
自転車で大体30分位か。長い坂道をエッサと駆け上がり、
女子校があるのか制服姿の少女達で賑わう四天王寺さんを
横目にしつつ進む。この界隈は上町台地と呼ばれ、緩やかな
アップダウンが特徴的な土地柄。クルマでは何度か通った事が
かつてあったのだが、こうして自転車で走ってみると、地形が
よく解って面白い。脚は疲れるけど。


土曜日で外来が閉じている事もあり、1階ロビーは閑散としている。
入院患者と見舞いの家族何組かがお菓子を食べていたり、語りあったり
している程度。


病室へ。入院前に持たせたダイソー105円文庫の梶井基次郎
読み止しで、母は眠っていた。どうしたものかと思ったが、
無理矢理起こすのもどうかと思い、一旦退室。あ、その前に、
6人部屋なので、他の患者さんにご挨拶。暫く走った所にある
セブンイレブンで遅い昼食を買う。ご飯党の僕には珍しく、
チキンサンドを。ついでに差し入れとしてのお菓子を少々。戻る。


母は起きていた。「あらあ、けいちゃん」。いい歳ぶっこいた
息子をちゃん付けで呼ぶの辞めてくれと訴えて早10数年。ここまで
来たら最早諦めた。親にしてみりゃ、何時まで経ってもコドモは
コドモであるらしい。逆に、この歳になったから解ったのかも。


思いの他元気そうだ。顔色も良い。しかしやはり脚は痛そうだ。
それでも早くもリハビリを開始しているらしい。頑張りたい、と。
「退屈なのよ、やる事ないし。本を読んでたら眠くなっちゃうのよ。
でも昼間っから寝ちゃったら夜眠れないから困ってるのよ」
貰い物である女性セブンが置いてあるが、その手の女性誌には
興味が無いらしい。退けてあった。こないだ買った岩合光昭氏の
ネコの写真集をあげると、喜んでくれた。ネコ好きなのもあるが、
文字を追うと眠くなるので、こういう本の方が良い、らしい。


テレビも借りはしたものの、プリペイドカード式の為、勿体無いから
あんまり観ないらしい。朝のニュースと朝ドラは欠かさないが、
いつも観ていた「チャングムの誓い」は、父に録画を頼んだそうな。
そんな話初めて知った。まあ、消灯時間を越えているから観られない
という事情もあるのであろうが。ラジオを持って来て頂戴、との
リクエストがあった。「ありがとう浜村淳です」や午前中にNHKで放送
される朗読の放送を聴きたくなったらしい。明日父が見舞いに行くので
小さいのを持って行って貰おう。


17時過ぎに病院を出る。


病院に見舞う、という経験は、今は亡き祖母の入院以来か。
何だろう、不思議な気分だった。奇妙な物悲しさがあった。
いやいや、母は別に重病患者な訳でも何でもないのだけれど。


何時かは、しかし重い意味での「見舞い」を迎える日も来よう。
それを何処かで想像していたのかもしれない。時は流れている。

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帰り道。気紛れで夕闇のあいりん地区を通過してみる。
作業服姿に、スポーツバッグを抱えたオッサン達で溢れている。
それらは、各地での日雇い仕事から帰って来た連中なのだ。
一日働き通し、日銭を稼ぎ、その日その日をどうにか遣り過ごす。
立ち呑み屋で、屋台で、或いは缶ビールとモツ煮片手に地べたで、
連中なりのささやかな宴を。殺伐さは消え、何処にも笑顔が。
それもまた、人生か。そうか、人生か。

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しあわせな人生とは、何ぞや?どうだったら、しあわせなの?


いやいや、無駄に深く考えるまい。ただ・・・
明日もいい日にしてみせますよ。


ドアーズのライヴを観る。本物の音楽が、あった。
「ソフト・パレード」からの本当に貴重なライヴ映像も。
デブる前のジム・モリスン。なんてかっこいいのかしらねえ。
本物って、もたないんだ。直ぐ壊れる。


おやすみ。