26ばんめの秋

26、じゃなくて僕の27ばんめの秋 

10代の頃から流行りの音楽には何故か
馴染めなかった。今もそうなのだが。


僕の心を打ったのは、’60〜70年代の
フォークやロックだった。その時代における
フォークの豊かな言葉は様々なイメージを喚起させて
くれたし、ロックのシンプルで荒削りなサウンド
まさに血を熱くさせてくれた。


でも’80年代後半、古い時代の音楽について
あれこれ語り合える他の10代なんてまるで
いなかった・・・なんか寂しかったな。


岡林信康のベストアルバムを久し振りに聴いてみた。
僕の大好きな「26ばんめの秋」を繰り返し聴いた。


CBSソニーのアルバム「金色のライオン」における
バンド編成のバージョン(はっぴいえんどの音だったっけ?)
ではなく、コロンビア版のアコースティックギター2本と
ハーモニカだけのシンプルな編成のものだ。
松本隆のドラムは大好きだけど、この曲はアコースティックな方が好きだな。


岡林信康は1960年代後半、彗星のごとくシーンに登場し、
政治や社会の問題をある時は面白おかしく、ある時は
力強く叩き付ける様に歌へとまとめた人だという。


20代前半にして「フォークの神様」などと当時の若者達に
祀り上げられ、その影響力故に、時には逆に強烈な批判の対象にも
されてしまったこともあるそうだ。
岡林はそんな状況に嫌気がさし、ある時失踪する。
26歳のことだったそうだ。
「26ばんめの秋」はちょうどそんな頃、京都の山村で
全てを忘れんが為に農業に勤しんでいたなかで生まれた曲で
あるという。


入院しているおばあちゃん。
新しく生まれた命。
若者達のカリスマであることを捨て、土にまみれて
自己を問う今の自分。


そういった当時の岡林の状況を想像しつつこの曲を聴くと、
何とも言えない、胸が締め付けられる様な気持ちになる。
岡林青年のはるか足元にも及ばないが、
26歳の僕もいろいろ悩んでいた。
この曲を聴くと、いろんなことを思い出す。
僕が26歳の時に流行っていた音楽はどうにもなんにも
思い出せないのだが、僕が生まれた頃に発表されたという
この曲を聴いて不思議な懐かしさを感じているのは
一体全体どういうことなのだろう・・・
おかしいのかな、僕は。