三週間後は大晦日

昼から雨だった。気温が
高めで湿度も高めという
僕にとって苦手な日だ。
少し眩暈がした。


でも一番症状が酷かった
頃に比べたら少しマシに
なっているように感じる。
呼吸法を意識的に続けているのも大きいようだ。何でもいい、自分の為に
なるのなら続けてみたい。今年注目を浴びたラグビーの五郎丸選手が
変わったポーズと共に行なっていたのも呼吸法だと何かで聞いた事があるし、
先日読んだ福祉関連の雑誌にも呼吸法による自律神経の安定について
書かれていた。こういう日に眩暈がするのは低気圧やら何やらで僕の
血行が悪くなっているからだろう。緊張で呼吸が薄くなっていたのが
それに拍車をかけていたのだ。それに気付けただけでもいいじゃないか。


本日はその雨の中、とあるご家庭を訪ねた。高齢者夫妻と娘さんの世帯。
娘さんは母親が精神疾患になったのをどうにかしたいと懸命に関わり
一方で忙しく仕事もしていて結局独身のままになってしまった。
本日有休を取って家族と僕で今後の支援方針を決める為の話し合いを
行なったのだった。幸い精神疾患は落ち着きつつあり、今後は介護保険
利用しながら一時は荒れた生活を取り戻して行く事になる。でもその娘さんは
もう自分の幸せは得られないのだろう。我が法人内には若くしてとっとと
結婚していく幸せな方も多いらしいが、家庭内に問題を抱えるとそんな
幸せとは縁遠くなってしまうのだな。僕の両親には特に問題はないが
幸せと縁遠くなりつつある自分って何なのだろうと、ふと考えてしまった。
人生ってほんとに色々ですな。でも待て、幸せって何だ?本当の幸せって。


縁遠くなりつつあるなんて書いてしまったが、僕には僕の幸せの形が
必ずある筈だ。今、心身のバランスを崩した事をきっかけに自分の心と
向かい合っているこの今こそ、もしかしたら幸せな時なのかもしれないぞ。
こんなにまで自分の心の明暗を見つめ直した事ってあっただろうか
それも客観的に。そんな事すら気付かずに何もかもが当たり前だと
思ったまま終えていく人生だってあるだろう。今は苦しいけれども
一寸先に闇ならぬ光が待ってくれているかもしれないではないか。
待つばかりじゃなく求めなくてはならないのだけれども。


明日も天気があまり良くなさそう。でも、明日もいい日にしてみせますよ。
ではまたね。